2010.03.18

日本の成り立ち

あなたは、日本という国の名前について、いつ成立したのが、ご存じでしたか?


私は、中学、高校と歴史を学習しましたが、いつですか?と問われると、はっきりわかりませんでした。


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 現代日本人のほとんどが、自らの国の名前が、いついかなる意味で決まったのかを知らないという、世界の諸国民の中でも、きわめて珍妙な事態が現在もつづいていることは間違いない。




国家としての日本、または日本の文化・民族は、長い年月を経て段階的に形成されてきており、建国時期を示す明確な記録はない。建国記念の日(旧紀元節)は、記紀において神武天皇が即位したとされる日(紀元前660年、1月1日 (旧暦))となっている。




紀元前660年といえば、弥生時代です。

後漢書』東夷伝に、57年、倭の奴国王が後漢から金印を授けられたということが記してあると、歴史の教科書には必ず出てきますね。
また、3世紀末に書かれた『魏志倭人伝』には、有名な邪馬台国ほか、対馬国、一大国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国、投馬国などの国々のことが出てきます。


こうしてみると、まだまだこの時代には、日本という名称も、まとまった国としてのかたちもなかったようですね。


それならばなぜ、紀元前660年を、建国したとしているのでしょう。


聖徳太子が17条憲法を定め、律令制をととのえるという大きな変革期のもととなった斑鳩宮が建立されたのが、紀元601年。
辛酉革命説というものがありまして、それによれば1260年毎に、大革命が起きるとされています。
紀元前660年に初代の天皇である神武天皇が即位し、日本建国となったのであれば、ぴったりあてはまる、ということを日本書紀編纂の学者は考えたはずである。
そんなことを実は、明治になってから研究した学者がいて、建国記念の日ができたんですね。


国の名称については、大日本帝国憲法制定以後、「日本」「日本國」「日本帝國」「大日本國」「大日本帝國」などを併用しており、昭和21年日本国憲法制定後は、「日本国」が一般的になったということのようです。


それならば、日本ということばがはじめて使われたのはいつのことでしょう。

⦅前略⦆七〇二年、中国大陸にわたった大和の使者は周の則天武后(国名を唐から周に変えた)に対し、それまでの「倭国」に変えて、はじめて「日本国」の使者といい、国名の変更を明言したのである。



と、『「日本」とは何か』にはあります。


このときの遣唐使は、粟田真人と山上憶良。
8世紀前半に成立した『唐暦』には、702年(大宝2年)に「日本国」から遣唐使があったことが記されているそうです。


じっさいに「日本」の国号が記されたものとして、井真成の墓誌なんていうものが発見されています。


姓井字眞成國號日本


>> 井真成

717年に遣唐使とともに唐にわたったとされる、井真成の墓に刻まれていたものです。
姓は井、字は眞成、國號は日本。
唐に滞在中に病死したのですが、学問をおさめて官僚として活躍した、その優秀さを皇帝が残念におもい、特別な扱いで埋葬されたと、あります。


いつ日本という国号を定めたかということは、はやりわからないようです。


飛鳥浄御原令によって、「天皇の称号とともに、日本という国号が公式に定められた」という説が一般的ではあるようですが、大宝律令のころ、いやもっと以前から、といろいろな説があるようです。


日本という名称の意味についても、さまざまな意見があるようですね。


「『日本』は『日の本』、東の日の出るところ『日出づる処』をいみしている」としながらも、その解釈もちがっています。


東というのは、中国大陸にたいしての東であり、さらに東の国から見れば西になります。
ですから、日本というのは、日の本の国として一個の自立した国家であることを主張しようとしながら、じつは中国をつよく意識した名前であった(『「日本」とは何か』)というのは、それはそれでなるほどと思いますね。


同じ『日本の歴史』シリーズの中でも『大王から天皇へ』(熊谷公男)のなかでは、

天照大神の子孫である"現神"「天皇」と、天で照り輝く日神の真下にある国「日本」が誕生するのである。

『大王から天皇へ』日本の歴史03 熊谷公雄

とあります。


『古事記』などにも登場する天照大神は、天の神様の中でも特別で、高天原を治め、日の神であり、自分の孫を葦原中国へと降しました。
天孫降臨ですね。
その子孫が天皇であり、日本とは、天の日の神によって守られ、その神の子孫によって治められている国、そんなイメージで名付けられたのでしょうか。


さらに、今の大阪あたりの人たちの国名であったひのもとを、蘇我馬子が参考にしたのがもと、というはなしもありました。


かんたんに調べただけで終わり、ということにはならないようですね。


もともとあったものとして、単純に日本という名前を使っていましたが、いろいろな人の想い、それぞれの考え方もあることを、はじめて知りました。
もっと深く知ると、難しいけれどおもしろそうです。


これからさき子どもたちは、学校で、歴史の授業で、どんな日本を知らされていくのでしょうか。



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