2010.01.14

病気と入院

昨年もずいぶん遅くなってから、新年のごあいさつをブログでさせていただきましたが、今年もまた、こんな時期になってしまいました。


あらためまして、本年もよろしくおねがいいたします。


一昨年の年末は、重症心身障害児の長男の入院でブログも2ヶ月ほどお休みだったのですが、昨年の暮れも、一ヶ月以上、ブログをおやすみしてしまいました。


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昨年も、じつは長男の入院だったのです。

一昨年の入院は、治療に当たるためにあらかじめ計画して入院したものですが、昨年は、突発的でした。

今回の入院では、医療のありがたさと、重症心身障害児の扱いの難しさをあらためて感じました。


入院の原因は、突然の肺炎でした。

少しかぜっぽいかなとぐずぐずした日が2、3日つづいていました。
食事も食べられていたので自宅で様子をみていたのですが、熱が上がってきました。
それでもそれほどあわてるような状態ではないと思いつつ、痰がかなり多くて吸引してもしきれない感じがして、病院へ行きました。

受付で看護士さんが長男の顔を見たとたん、顔が青いよ、いつもこんなだったっけ、とすぐに治療室でベッドによこにならせてくれ、医師を呼んでくれました。

それから、医師もひとりから二人、あっという間に看護士も数人集まってきてベッドを取り囲む状態になり、吸引をする、酸素をつける、点滴をする、レントゲンを撮るとあわただしく治療がはじまったのです。

のんびりかまえていた私は、なにをすればよいのかわからず、じゃまにならないようにあちこちうろうろするばかりでした。

肺は無気肺の状態で、レントゲンで見ると片方の肺がほとんど、まっしろでした。


けっきょくICU集中治療室にはいることになり、あたまのなか半分くらいまっしろになりながら、父親と家に電話をかけて、事情を説明したのでした。


長男は、重症心身障害児で体力に不安があるとは言いながらも、いままでは肺炎をおこすこともなく、風邪で食事をとりずらいときに入院というていどですんでいました。

ICUも、初めての経験でした。


こうなってみてはじめて、現代の医学、治療法、医師のありがたさが身にしみました。

空気を、水分を、栄養を体に人工的におくられて、長男は生きていられるのです。

こういった技術や医療機器のなかった時代では、長男はいきのびることはできなかったでしょう。


さて、ICUをでたのちは、一般の小児病棟でやく一ヶ月入院していました。

はじめのうちは、点滴の点検、酸素飽和度(SpO2)の確認、吸引、3時間ごとの体位変換、胃にいれたチューブからの栄養注入、検温、と、ひんぱんに看護士さんが出入りしました。

昼間、夜間の看護士さんがそれぞれ交代しながら看護にあたってくれました。


治療の必要や回復の度合いによって、おこなわなければいけない項目というのがあるようで、血圧、酸素飽和度、などを測定しては、看護士さんたちは、パソコンに入力していました。

そのほか、体位をかえて寝返りをうたせたり、痰を吸引したりと、夜間でも同じようにくりかえされていました。

それは、もちろん患者のためではあるのでしょうが、数時間もせずにあれこれいじられる本人にとっては、迷惑なこともあるようでした。
じっさい、長男は、胃からストレス性の出血をして嘔吐していました。

ICUを出てしばらくすると、本人も多少体力もついてきて、吸引などはとてもいやがって、頭をそらせたり抵抗する声を出したりしていましたが、看護士さんたちはどんどん吸引します。
もともと刺激で嘔吐しやすい長男は、せっかく注入しても、吸引の刺激で嘔吐してしまうこともかなりありました。


看護士さんが日々交代することも、決まった処置をしなければいけないことも、あたりまえのことです。

けれども、重症心身障害児の長男にとってはことに、わけもわからず知らない人がどんどんやってきて、自分のいやなことばかりする、夜も明かりがついていて暗くもならないし勝手に体を動かされ、ぐっすり眠ることもできない、とかなりのストレスだったのではと思います。

最後の方になると、名前を読んではあいさつしてくれ、かわいがってくれた看護士さんもいたのですが、はじめは看護士さんのほうでも慣れないようでした。

長男の意識もはっきりしているのかいないのか、眠っているのかもわからないようなとろっとした状態で、わざわざ声をかけるようなこともせず、ささっと処置をすませる看護士さん、名前を呼びかけてはくれるけれど、長男の反応までは目をとめていない看護士さんなどもいます。
優しくていねいな看護士さんでも、こういう反応の少ない子どもには、どう接していいのか、わからないようなところもあるようでした。


ひどい扱いを受けたとか、こちらの訴えを受けとめてくれないとかいうことではないものの、子どもも付き添いの私も、だんだんストレスをため、疲れもでてきました。

もっと長期の入院患者さんだったら、ベッドから動くことのできない患者さんだったら、どうでしょう。

治療はたいせつですが、気持ちも、気分もよくならないと、病気も治る方向にはむかいずらいのではと思うのですが。
この病院がよいとか悪いということではありません。

入院というのは、ただでさえ辛い、それが長期になればなるほど大変なのですから、入院病棟がもう少し、本人の思うような生活の場所になってくれるといいなあと思うのです。


入院患者さんも、病気を治療してくれるのだから、と、我慢してしまうことが多いでしょう。
自分の習慣や嗜好などは、二の次にもなってしまうでしょう。

それでも、長期になればなるほど、看護士さんや医師との会話や、環境など、日常の生活を心地よくする場所としての病室の機能も大切になってくるのではと思いました。


重症心身障害児の長男については、基本的な体の状態がどんなふうであるか、なかなか知っていてもらうことができないようでした。

重症心身障害児にとって、ちょっとの姿勢の違いによって呼吸が楽になったり食事がしやすかったりということがあります。

看護士さんには、いつもお家ではどうしている?と聞かれましたが、家では自分のできることをできるようにやっているだけで、それが良い方法なのかどうかはわかりません。

むしろこちらとしては、看護士さんに、どうやったらいいのか聞きたいところなのです。

看護士さんも、いろいろな患者さんをうけもつのだし、体中のありとあらゆる問題について知っていてというのはできないことかもしれません。

すべての看護士さんでなくても、たとえば重症心身障害児については経験が豊富とか、とくに勉強したといような看護士さんがいてくれると、とてもありがたく感じると思うのですが、なかなかそこまでは無理なことなのでしょうか。




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この記事へのコメント
はじめまして。
大原照子さんつながりで訪問させていただいています。
ご長男さんの入院で、ご苦労されたようで、思わず、コメントさせていただきました。
今は亡き兄が重度の身体障害者でした。自宅で母が世話をしていました。

兄がいるから、私達がつつがなく生きていけるのだ、兄が皆の苦労を背負ってくれているのだと小さい頃から言い聞かされて育ちました。

私はとうに還暦を過ぎましたが、この記事を読ませていただいて、豊かな感性をお持ちのあなた様を想像し、その言葉を思い出しました。

そのみずみずしい感性を失わず、これからも発信させてくださることを願います。上手く表現できません。ごめんなさい。

これからもブログの更新を楽しみに訪問させていただいていいですか。
Posted by ten at 2010.06.21 22:21
たいへん嬉しいコメントをいただきながら、それきりになってしまっていて、申し訳ないかぎりです。
その後長男は、鼻から経管栄養をとるという経過的な措置の後、胃ろうをつくるという手術を行い、ようやく栄養も取れ始めておちついてきた、というところです。
いろいろな経験をした方からのコメントは、ほんとうに心にしみます。
これからも、よろしくお願いしますね。
Posted by 彩 at 2010.07.03 21:36
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