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さいきん少しきになっているブログ、『山寺のんびり日記』に「お経には何が書いてあるのか?」という文がありました。
ここのところ加藤智見さんの『世界の宗教が面白いほどわかる本』を読んでいて、仏教の教えについても書いてあったこともあり、興味深く読ませていただきました。
こだわりを捨てなさい 自分についてのこだわりを捨てなさい
ということがお経には書いてるのでは?
「幸せになるためには 自分へのこだわりを捨てる」のが大事だと思うとおっしゃっています。
これは、すこし違うかもしれませんが、田口ランディさんの『旅人の心得』という本のなかに、沖縄の石垣島のおじいさんのはなしがありました。
田口ランディさんと沖縄の聖地巡礼をして執筆活動をしている安里英子さんが、真壁(まのべ)という集落を歩いていました。
今ではどんどんセメントブロックに変わってしまいつつある石垣が、まだサンゴ石灰岩を積んでつくられている路地、そんな集落を歩いていて、ガマへいく道を聞こうとある家の庭先から声をかけると出てきたのが、そのおじいさんでした。
おじいさんはごく自然にふたりの先にたってガマへの道を案内しながら集落のことを説明してくれ、ガマへつくと、ここへ小さいころには毎日水を汲みにきたことなど話をすると、またすっと別れて帰っていきました。
このおじいさんがとても印象的だったのは、わたしが案内しましょうでもなく、不必要な動きもことばもなく、「そうあることがあたりまえのようになにかが成り立っていて」「とても居心地のいい世界を」つくりだしていたから。
「沖縄のね、戦後教育を受けていないおじいさん、おばさんたちはみんな、宇宙と繋がっているの。その存在そのものが、もう宇宙みたいな感じなんです。」と、安里英子さん。
田口ランディさんも、「おじいさんには『私が』っていう感じがまるでなかった。」といいます。
私たちは、小中学校の教育の中でも、自立や自己主張ができるように言われて大きくなりました。
けれども、競争社会の中で、いつのまにか「私が」という主張が強くなりすぎているのかもしれません。
「私の○○」「私は○○です」ということをはっきりさせないと生きづらい世の中でもありますね。
沖縄の石垣島のおじいさんは、
私は私であると同時に、この世界に生を受けた一つの命だ。
命であることは私の個別性とは関係ない。私という命は、あなたという命と同じ命だ。犬とか猿とか、蝶とかゴキブリとも同じ命だ。生きている、という点で同じだ。
という生き方を、意識しないでしているようです。
こだわりをすてた、というよりもともとこだわらない、そんな生き方をしているのが、このおじいさんではないかと思ったのです。
『山寺のんびり日記』には続いて、「もうひとつのポイントは自分を否定する思いというのはとても強いエネルギーを持っているのではないかということである。」という文があります。
自己否定や自己嫌悪の感情は、近くにいる人にも影響をあたえてしまうような負のエネルギーをもっているということですね。
これについても、思いあたる文がありました。
『茂木健一郎の脳科学講義』に書いてあったことです。
自分の心、他人の心についてもそうで、「相手はこういう気持ちでいるんだろう」と思っているときって、じつは自分についてもそういう気持ちが起こっていて、最後に「相手の気持ち」って振り分けていると思われるわけです。
サルにも、人間がアイスクリームを食べているのを見て、餌をとって口にもっていくときに活動する脳細胞が活動を始めたというデータがあります。
人間ならさらに、相手の心の動きを推定できたりするわけですが、これは、自分が相手と同じ気持ちをなぞる脳の働きによるわけですね。
相手が自分なんてダメだ、もうイヤだ、という気持ちをもっていたら?
自分の思いならなおさら、ダメだ、イヤだ、嫌いだという負の思いをつねにもつことで、脳のその神経ラインが太く、つねに繋がりやすくなってしまうのではないでしょうか。
脱、こだわり。
それが仏教でいう執着をすてるということでしょうか。

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