2017.11.24

神のものがたり

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仏教、それよろしい。キリスト教、それもよろしい。何でもよろしいんですね。そして自分のなかで扞格を生じない。生まれたときは神社に参って、七五三のお参りもする、結婚式は教会で、亡くなったならばお寺さんのお世話にもなる。軍隊で不幸な死を遂げれば、神社で祀られる。それで一向、違和感がないんですね。

そして「日本人は宗教を卒業しておる」と思うと、白川静さんは『桂東雑記』のなかで書いていらっしゃいます。


そうなのでしょうか。

 
宗教というのは、難しいことがおおいし、個人的なことではあるし、あまりこうだということも言いがたいのですが、やはりちょっと、気になることではあります。


日本人は信仰がない、節操がない、という感じで、宗教に関してはいいかげんなのかと思っていました。

それは、どちらかといえば良いイメージではないですね。


けれども、そんなふうにあれこれの神に参るのでかまわないのだ、それこそが宗教を卒業している証拠だといわれれば、不思議なような、でも納得できる気もします。

自分のことを考えてみると、若いころには、自分にも信じるものがあるといいなあと思っていました。

外国へのあこがれとともに、キリスト教というのはなんだか美しいものに思えていました。

けれども、キリスト教といえどプロテスタントとカトリックがあり、現在ではさらにさまざまな、宗派もあり、考え方もちがっていたりするなかでは、いったいどれが本当で正しいのだろうと思わざるをえませんでした。

さらに、いろいろな本のなかで、キリスト教であるがゆえの闘い、布教という名目でおこなわれた侵略などを思うと、宗教についての良いイメージというのは、ほとんどのこらなくなってしまいました。

マインドコントロールやムリな勧誘、カルト的な現代の宗教で、ますます悪いイメージをもった方もおおいでしょう。


そんななか、しかたがないから無宗教ですごし、習慣だからにも神社にも参るのだと思っていました。

そんな日本人的なありかたを、積極的に肯定してもらうのは、ちょっとほっとすることでもあります。


日本人のなかにも、現在はもちろん、過去にも、熱心な仏教徒、キリスト教徒というかたもいらっしゃいます。

それにしても、仏教国とはいっても、朝に昼にかなりの日本人が仏を思う、仏の教えにそって生活する、というような国では、ずっとなかったように思えます。

たぶん、仏教が盛んだった時代でも、日本人は、神社におまいりしたり、神棚に手をあわせたりしたのではないかと思います。

こんなふうに、現在では宗教を卒業している、ということではないようですが、いつのころから日本人は、これという宗教をもたずにやってきたのでしょう。


故ここに各天の安の河を中に置きて誓ふ時に、天照大御神、まづ建速須佐之男命の佩(ハ)ける十拳剣(トツカツルギ)を乞ひ度(ワタ)して、三段に打ち折りて、瓊音(ヌナト)ももゆらに、天の真名井に振り滌(スス)ぎて、さ噛みに噛みて、吹き棄つる気吹のさ霧に成れる神の御名は、多紀理毘売命。亦の名は奥津島比売命と謂ふ。
次に市寸島比売命。亦の御名は狭依毘売命と謂ふ。
次に多岐都比売命。

これは、古事記の一節です。

スサノオノミコト(建速須佐之男命)は国を追放され、姉であるアマテラス(天照大御神)にあうために、高天原へのぼっていきます。
高天原を奪いにきたのではという疑いをはらすために、天の安河を挟んで誓約を行うことになりました。
そしてアマテラスが、スサノオの持っている十拳剣を受け取ってそれを噛み砕き、吹き出した息の霧から三柱の女神が生まれたというのです。


そして、多紀理毘売命は、胸形の奥津宮に、市寸島比売命は中津宮に、田寸津比売命は辺津宮に坐した、というところまで、古事記に書いてあります。
これは、現在の宗像大社のことです。

このうちの、はじめにうまれたタキリビメノミコト(多紀理毘売命)の奥津宮というのは、宗像市沖の島にあります。

ところが、この沖の島は、亜熱帯の原生林におおいつくされた孤島で、人が住んでいるわけではありません。

それでも、祭祀場のまわりには縄文、弥生の遺跡がのこり、海の正倉院とよばれるほどの豪華な品々が、4世紀から10世紀ころまでのあいだ大和朝廷によって奉納されているのです。


図説 古事記』にある沖の島の写真を見たときには、やはり神が降りたのだ、としか思えませんでした。

古代の人々が、わざわざ、海の危険もかえりみずに人の住まない孤島にまで行って、なぜ神をまつらなければならなかったのでしょう。

神話よりさきに、そこは神の島だったように思えるのです。


日本には、自然のなかに神がいたのでしょうね。


沖の島は、現在でも一般の人は渡ることはできないそうです。
女人禁制で、宮司がひとりだけ、十日交代で、沖の島で神職をつとめます。


いまでもそこが、神の島としてある、ということが、宗教を卒業した日本人の、よりどころなのかもしれません。



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関連HP沖の島・祭祀遺跡

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