2009.06.04

日本人の謎

図書館で、なんだかとてもおもしろい本をみつけました。

ひらがな日本美術史』。

著者は、『桃尻娘』シリーズや『桃尻語訳 枕草子』の橋本治さん。

どうして美術史に、橋本治さん?と思いつつ、とにかく手にとってみました。


読んでみると、目からうろこがぽろぽろ。
おもしろいのです。

  ひらがな日本美術史
私は、橋本治さんの本をあまり読んではいないのですが、『男の編み物、橋本治の手トリ足トリ』という編み物の本と、『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』というまんがの評論の本を読んでいます。

『桃尻語訳 枕草子』も、読んでみましたが、桃尻語の世代をすぎていたせいか、ちょっとなじめませんでした。

小説以外に編み物、まんが、古典、これだけでも多彩すぎるのに、美術史とは、びっくりです。

ただ、読みやすそうな文章なのだけれど、ずいぶんこまかいところにつっこんでいたり、理論的というか理屈っぽい感じが、私は好きで、それだけに、美術史と橋本治というだけでも、きょうみをもったのです。


さて『ひらがな美術史』ですが、すべてが、なるほどということばかりで、学校で勉強した日本の歴史はなんてつまらなかったんだろうと思います。


たとえば偶像崇拝について。

安土桃山時代のころに日本にやってきた宣教師は、日本人は偶像崇拝者だといったそうです。

仏像を拝む日本人をみて、そういったのでしょう。

そういえば日本人は昔から偶像崇拝をしてきたのだろうか、と思わないでもないのですが、仏教渡来以前は、違うんだそうです。

神社にいけば、なにかにむかって手を合わせるのだけれども、あれはもともとは、ご神体というもので、神様ご自身とは違うんですね。

そこにあるのは、鏡などの、神が宿るもの。神様がそこにおりてくるための道具なんです。

仏教渡来以前の日本神道では、神の像をきざむということがなかったわけです。

おなじように数多くの神様がいらっしゃって、神話も多いのに、ギリシャ神話のほうは、アポロンやビィーナスなどの像をつくり、レリーフに刻みという派手さがある、というのもおもしろいです。


一神教で偶像崇拝をわざわざ禁止しているという宗教もあることを考えると、日本人は、なぜ偶像崇拝をしようとしなかったのか、不思議ですね。

どうやらそのころの日本人は、平和で、ああしてほしい、こうなりたい、ということを神様にお願いしなければならないような状態ではなく、あるがままの自然の美しさや自分たちの生活がつづいていればそれでよかった、ということらしいです。

そんなことが、まるっこい形があいらしい埴輪にも、あらわれているそうですよ。


大きな仏像やきらきらの天蓋、おおきな伽藍という派手な仏教が伝わると、それはそれでうけいれていくという日本人の不思議もあります。

それでいて、肉食を禁ずるという独自の習慣をつくりだします。

精進料理では肉はもちろん、油も使いませんが、明治時代になるまでは一般的にも、肉も油も牛乳も、料理には使いませんでした。

牛も昔からいたのだから牛乳も飲もうと思えばあったし、照明用に油もあって菜種油など使おうと思えば手に入るわけです。

それが、仏教に一般的かというと、おかしなことにそうではないんですね。

中華料理を考えても韓国でも、仏教国なのに、肉はちゃんと食べています。

インドでは、牛は食べませんが、牛乳は仏様、ゴータマ・ブッダでさえ飲んでいました。

出家者に肉食を禁じるということはあるようですが、日本のように、みながそこにあるのに食べないというのは、不思議な食習慣だったようです。


美術品そのものというより、そのころの日本人はなぜそんな美術をうみだしたのか、というような視点で書かれているこれらのはなしを、興味ぶかく読みました。

まだようやく、7世紀あたりまでのはなしです。
先はまだまだ長く、うろこがまだまだたくさん落ちそうです。

図書館へ行く楽しみが、また増えました。




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