かごめかごめの遊びもなにか意味があるというように考える人が、たくさんいます。
なかには、かごの鳥はじつは囚人であるとか、自由のない遊女のことだとか、子どもを相続争いで殺された母親の恨みのうただというような、説もありました。
子どもの世界のうたに、どうしてそんな恐ろしそうなはなし?というのは不思議ですが、「指切りげんまん」にもなにか、そんな怖い意味があるのでしょうか。
『ことばの由来』(堀井令以知)には、
ユビキリは江戸時代に、遊女が相愛の客に誓約の印に小指を切って贈ったことからという説がある。
とあります。
そういえば、
杉浦日向子さんの『江戸へようこそ』の中にも、そんなことがありました。
吉原においての心中には六つありまして、一つは「放爪」。(中略)
二番目に、「誓詞」、あるいは「起請」、(中略)
三番目は「断髪」。(中略)
四番目に「入れ墨」。(中略)
五番目に「切り指」。(中略)
六番目は「貫肉」。
この五番目が、ユビキリのことなんですね。
もっとも、ほんとうに小指を切ってしまうわけではなく、しんこ細工でつくったものをわざわざ桐の箱に入れて、男の人にそれらしく渡すというがほとんどだったそうです。
そのための細工人も吉原に住んでいたというのですから、おもしろいですね。
「切り指」といい、「貫肉」といい、一番目の「放爪」でさえ、爪を剥がすことですから、ほんとうだったら怖いはなしです。
どれも、自分の体のいちぶでまごころを見せるということですから。
ところが、六番目までのどのひとつも、遊女のそれらしいやりかたというのがあって、入れ墨も書いたもの、断髪もかもじだったり、ということだったようです。
「やりとりのゲーム」として、客をそわそわ、浮き浮きさせるような「手練手管」として、つかわれていたんですね。
遊女、遊郭と、いま私たちがおもうような、暗さばかりではなかったようです。
お金の代わりに売られ一生自由になれない哀れさ、本当にすきな相手とはいっしょになれない悲しさ、などは、時代劇などで強調されたイメージなんですね。
お客をいかに楽しませるか、非日常な世界にするか、江戸時代の吉原は、そんな演出された場所でした。
「無駄口ばかり云いなんす。
わっちはね もっと ちゃんとしたモノが ほしいよ。
起請とか。」
「起請誓紙ハ胸に書キ………さ。
ははは。」
「それなら わっちに ぬしの指を 切って おくんなんし。」
「指を切って 何ンにする。」
「汁の実にしんす。」『二つ枕』
こんな会話が楽しめるのが、杉浦日向子さんの江戸の世界です。
さて、指切りげんまんですが、『ことばの由来』では、この遊女説いがいのルーツがあるのではないかと考えています。
「げんまん」が拳万(拳骨が万回)、「はりせんぼん」が針千本とすると、どうしてもこわそうな意味になってしまいますが、ほんとうはどうなのでしょうね。
しぐさとしては、とてもかわいい、ユビキリです。

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