どうしてかけ声は「どっこいしょ」なの?外国では、そんなかけ声はあるのかな?
きょうは、「どっこしょ」のはなしです。
ドッコイはドコヘ(何処へ)という相撲の掛け声に由来する。江戸時代、村相撲を取る力士は、相手の気勢をそらし、相手のかかってくるのをからかって、「どこへ行くのか」「どんな手にでるのか」という気持ちでドコヘと掛け声を発した。
「どっこい、そうはさせない」
「どっこい、そうは問屋がおろさない」(そんな安値では問屋が卸売りしない。そんなにぐあいよくいくものではない 参:Yahoo!辞書)
などは、「どこへ行くんだ」「どうするつもりだ」、でも、おまえさんの考えているようにはいかないよ、というかんじですね。
「どっこいどっこい」というのもあって、もとは民謡などの囃子ことばのようです。
「へー、それで?どこへどうなる?」といった感じを、囃しながら踊ったのでしょう。
それが、ありったけの力を出してやっとのことでできたようすをあらわしたり、互いに同じくらいの力だということをいう意味のにもなっていますね。
「しょ」というのは、「うんとこ しょ」「よい しょ」と、なにかと掛け声についているようですね。
「しょ」がついたのは、明治以降らしいということでした。
これとはまた別に、「どっこいしょ」は、六根清浄(ろっこんしょうじょう)からきているという説もあるようです。
六根というのは、仏教語で、眼・耳・鼻・舌・身・意のこと。
感覚や意識の6つの器官である六根を清浄にして修行に臨む、という意味だそうです。
険しい山をすたすた歩きわたる、滝に打たれる、という修行がイメージできますね。
霊山などに登山するさいに、金剛杖(こんごうづえ)を携え、「六根清浄」と唱えながら登るのは、それによって登山者の身心が清らかとなり、その功徳によって無事に登山ができるように祈るものだそうです。
ただ、登っているため息が絶え絶えになりながら「六根清浄(ロッコンショウジョウ)」と言っているのを耳にすると「ドッコイショ」と聞こえるようになり、それが掛け声になったのだそうですよ。
どちらにしても、いまとなってはその意味が直接「どっこいしょ」と関係しているようには思われないですね。
でもほんとうはもしかしたら、
あれあれ、私はどこへ行くつもりなんだ?(とりあえず座るとするか)
とか、
六根清浄、六根が清浄になって、くどくがありますように。(山へ行くほどの修行はしてないけれど、まあ今日もがんばったんだから)
なんていう意味があるのかもしれませんね。
あまりにも当たり前に、さも口から自然に出て来たかのように、口にしてしまうことばが、「どっこいしょ」「よいしょ」「こらしょ」などの掛け声ですが、やっぱり日本人だけですよね。
外国には、その状況に合わせてその瞬間に使う各種掛け声というのは、そうはないようで、日本語ってはっぱり、おもしろいなあと思いました。

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