2008.10.15

うれしくて、悲しくて

清川妙長春色の彩り



 マリラが泣くシーンがある。 
 ある日、なにげなくアンと並んで、アンのほうが背が高くなったのを見て驚く。冬の夕暮れ、マリラは泣く。自分がかわいいと思っていた子供がいなくなって、十五歳の新しい娘が来たので、うれしくて、悲しくて,マリラは泣くのだ。

『さあ、勇気を出してごらん』  清川妙



赤毛のアン』のなかで、マリラがいかにアンのことを愛おしく思うようになったかということについての、清川妙さんのことばです。


わが家では、

  『赤毛のアン』collection


保育園の一大行事である運動会が終わりました。

次男は今年、年長児ですから、出番も多く、はりきって練習し、当日を迎えたのです。


次男の通う保育園は、ひじょうに方針のしっかりしたところで、ひとりひとりのがんばりを発表する場として運動会をとてもたいせつにしています。

年長児は年長児としてのまとまりを見せるプログラム、一人ひとりの力を精いっぱい見せるプログラム、と、充実しています。
まだできないことがあっても、今日できなかったら、またこれからできるようにがんばっていこう、という、認めと励ましの場でもあります。


年長児は、人数が少ないながらみごとなパフォーマンスを見せてくれました。
なによりもその、姿勢の良い立ち姿、きりっとした表情、きびきびと気持ちのよい動きで感動させてくれました。
我が子ばかりでなく、どの子にもしっかりとした成長のあかしが見えました。


そして、運動会は終わってしまったのです。

同じく年長児の家族から、また見たいねえと思わず感想がもれていましたが、まったく同じ気持ちでした。

まだ5ヶ月あるとは言うものの、5年間通った保育園生活の集大成の場が終わって、親は、感動とともにさみしさを感じているのです。


「次の週、ジェム坊やに幼児服をきせたときも、アンとレスリーはまた泣いた。」「『でも、この次はロンパースだし――それからズボンをはくようになって――じきに大人になってしまうんだわ』」
(『アンの夢の家』)

親は、子どもの成長が、嬉しくもあり、さみしくもありなんですね。
いつまでも、小さいまま停めておきたい気持ち。
抱きしめられるくらい、小さいままでいてほしい気持ちは、なんなのでしょう。


一段いちだん階段をのぼるように成長していく子どもは、登りきった段のことなど、ふり向きもせず、もう次の段へむかっていきます。

大人は、ちょっとだけ休んでから、また子どもといっしょに次の段へ向かっていくことにしましょう。
ずっといっしょに段をのぼっていかれたらいいのですが、いつか子どもにおいていかれる、それまでは。


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