2008.09.30

赤毛のアンの真珠ひとつぶ

”こまやかに”

 かやうのことはただ朝夕の心づかいによるべし

 こまやかに見、こまやかに聞き、こまやかに心にとどめる。


 こまやかに人を愛し、こまやかな日々を暮らし、それを積み重ねて、こまやかな人生を成就させることができれば、この上もないしあわせだと、このごろ、切に思う。

『徒然草』の第三十二段で、兼好法師がさもなつかしそうに語ってくれたのは、ひとりの女性の思い出である。







清川妙さんの本を読みはじめ、なるほどねえ、というていどで軽く読み終わるかなと思ったのだけれど、気になる文章が多くて、そうはいかない感じです。

清川妙さん、『赤毛のアン』がお好きで、古典とともにところどころで引用されていらっしゃいますね。
私も、『赤毛のアン』が、それはそれは好きだったのです。


清川妙さんの「こまやかに」の文を読んで、『赤毛のアン』に、真珠がひとつぶひとつぶ連なったような日々のしあわせ、というような一節があったことを思い出しました。
なんども『赤毛のアン』を読み、おとなになったころ、真珠ひとつぶの意味がよくわかる気がしていました。


ずうっと赤毛のアンシリーズが大好きで読みつづけていたけれど、このごろは、遠ざかっています。

真珠のことばは、ほんとうはどうだったろう?

  赤毛のアン


清川妙さんについてのブログをよみたいかた⇒こちら
と思って『赤毛のアン』をさがし出してみると、みごとに日焼した古本になってしまっています。
真珠のことばも、いったいどこに書いてあったのか、すっかりわからなくなってしまいました。

それならと、『赤毛のアン』、真珠、でネット検索してみると、ちゃあんとあるんですね。
このことばを、心にとどめている方が何人もいらっしゃいました。


大橋歩さんの『すてきなあなたに』という本があります。
ひとり暮らしをはじめた学生のころのことですが、題名に魅かれて買い、題名そのままな内容をすなおに受けとめていました。


赤毛のアン』そして、清川妙さんの本、『すてきなあなたに』、どれもが言っていることは同じですね。

おおきなイベントやお楽しみでなく、日々のほんのちょっとしたことに楽しみを見つけること、そのために心のアンテナをみがいておくこと。
そんなことを、成長しつつある子どもに伝えながら、生活していけたらと思います。


このごろの私は、忙しいこと、いまの生活環境を言い訳にして、自分の心が暗くなるにまかせていたところがあります。
なんだか気持がすさんで、いらいらして、おもしろくない、とは思っても、しかたがないな、って思っていました。
なんとかしたいけれどほかにエネルギーを使うこともあるし、あまり考えないようにしていたのだけれど、思った以上に負のエネルギーが溜まっていたようです。


ちょっとゆっくり、清川妙さんの本でも読んで、澄んだ気持ちをとりもどしたいものです。

赤毛のアン』や、大橋歩さんの本も、また読みかえしたいと思います。


「けっきょく、一番、幸福な日というのは、すばらしいことや、驚くようなこと、胸の湧きたつようなできごとが起る日ではなくて、真珠が一つずつ、そっと絲からすべりおちるように、単純な、小さな喜びを次ぎ次ぎに持って来る一日一日のことだと思うわ」

じつは、これは、『アンの青春』にあることばでした。



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